「暴れん坊・銀河鉄道の夜」ヒストリー
2004年/本公演「百千万」
マエバリの原点
時は2004年。劇団鹿殺し関西最終公演であり同時に東京進出第一弾でもある本公演「百千万」。物語の主人公が、様々な世界を旅する中で出会った裸族たちが演じたのが、初代「暴れん坊・銀河鉄道の夜」である。あくまで宮沢賢治の世界観に忠実に、しかし徹底的にマエバリを強調した演出。観客の反応は「不覚にも銀河鉄道の夜の素晴らしさを再認識してしまった」「不覚にも泣いてしまった」「そんな自分に驚いた」など、劇団員も想像しない見事に斜め上を行くものばかりであった。
第十二回公演『百千万』
大阪公演/2004年11月20日~11月23日 大阪芸術創造館
東京公演/2005年6月23日~6月28日 王子小劇場
2006年/ライブイベント「ぶたばん2006」
ライブと演劇が融合したマエバリ
初披露の「百千万」から2年。「暴れん坊・銀河鉄道の夜」がついに劇場を飛び出し、ライブハウスで披露されることになる。場所は横浜。宇宙レコードと毛皮族との合同イベントは、事前の注目度も高く、そんな中でステージに現れたマエバリたち。手にはマイク。一丁前に要求するモニター。微妙な表情のPAさん。しかし、始まるや否や、所狭しと駆け抜けるジョバンニとカンパネルラたちに、ライブハウスならではの熱気が客席からも吹き荒れる。現在の鹿殺しが得意とする演劇とライブの融合の源流がまさしくここにあった。今でも観客の間で語られる記念碑的な一夜である。
ライブイベント『ぶたばん2006』
会場/2006年10月28日~10月29日 新横浜ベルズ
2009年/ライブイベント「スマイルロック8」
劇中歌を武器に、これぞロックなマエバリ。
この頃には、鹿殺しの名は演劇界を超えてバンド界隈にも知られるようになっていた。そしてpocketlifeからの熱烈オファーを受ける形で、鹿殺しはライブハウスに参戦。pocketlifeの熱いリクエストに応えるには、鹿殺しも妥協はできない。脱げといわれなくても脱ぎますよ、そんな鹿殺しがマエバリになることに躊躇はなかった。ライブハウスらしくはじめて劇中歌をふんだんに用意し、マイクを握りしめハイエナジーでステージを駆け巡り客席を圧倒した。ヒョウ柄マエバリや毛皮マエバリの新投入など、抜かりはなかった。もちろん、物語とは全く関係がなかった。
ライブイベント『スマイルロック8』
会場/2009年5月30日 渋谷サイクロン
2012年/PLAYPARK2011 & 福岡西鉄ホール
そして伝説へ
そしてついにマエバリが二つの大手演劇フェスティバルに進出する。一つは日本最大規模のパフォーマンスフェスティバル「PLAYPARK 2012」(東京)、そして福岡演劇界を代表する「福岡演劇フェスティバル2012」(福岡)である。両フェスに参加するにあたり、「最高・最バカ」をキャッチフレーズに、脚本/演出の見直しはもちろん劇中劇やパフォーマンスの追加など、過去最高に気合いの入りまくったステージをお見せします。これからもマエバリから目が離せない!パワー・トゥ・ザ・マエバリ!宮沢先生のマエバリ芝居が見れるのは、鹿殺しだけ!励ましのお便りを出そう!
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